• アミノ酸、グルタミン酸の含有量が多く、旨味成分が多い赤身肉が特徴のいわて短角和牛。
  • 自然に近い状態で飼育される短角牛。
    引き締まった体で毛並みの艶も良い。
    肉質は脂肪分が少なく弾力がある。

歴史と食文化価値を伝える加工品を

旧南部藩の時代の塩の道。砂鉄、炭、塩を積んだ南部牛が5、6頭、列を作り荷物を運搬した。

府金伸治


岩手郡岩手町「株式会社肉のふがね」代表取締役。いわて短角和牛を使った商品開発に取り組む。2019年4月「セシーナ」を発売。

自然の中で育つ短角牛には「旬」がある

 いわて短角和牛は広大な牧野で草を食みながらのんびり過ごす「夏山冬里方式」で飼育される。野をかけまわり、元気に過ごす牛の体は引き締まり、強く逞しく育つ。また、いわて短角和牛には旬がある。5月、春に生まれた子牛と母牛を一斉に山上げし、自然交配した牛が、翌年の3月〜5月に産期を迎えるからだ。
 「味もさることながら『旬』があるのも、この牛の魅力の一つです」そう話すのは、いわて短角和牛の精肉や加工品を製造販売する「肉のふがね」の代表・府金伸治さん。さらに府金さんは、いわて短角和牛が、岩手の歴史と食文化に深く関わっていると言う。

野田村から内陸へ塩を運搬した南部牛

 いわて短角和牛は、南部牛にショートホーン種を掛け合わせて生まれた。岩手では、旧南部藩の時代から運搬用に南部牛を使っていた。運んでいたのは、砂鉄、炭そして塩だ。
 野田村では海水を汲み上げ、釜で炊いて塩を作っていた。この塩を藁でつつみ、南部牛の背に乗せて運んだ。にがりが落ちたところは次第に草が生えなくなり道になった。これが「塩の道」だ。
 「南部牛が運んだにがりは盛岡に豆腐文化を作りました。さらに、南部牛は、秋田まで荷物を運び、砂糖を持ち帰りました。久慈のまめぶ汁が甘いのも南部牛が持ち帰った砂糖を使ったからでしょう。このように塩の道は地元の食文化とつながっています。いわて短角和牛の付加価値として、このような背景も伝えることを心がけています」と話す府金さん。肉屋として肉の美味しさを伝えるだけでなく、塩の道の歴史も探究してきた。
 府金さんは、牛の歴史、産地の魅力、生産者の想い、その熱意の集大成として、いわて短角和牛の商品開発に取り組んだ。それが生ハム「セシーナ」だ。南部牛がルーツのいわて短角和牛、そして、南部牛が運んでいた野田村の塩。この二つが現代で再会し、交じり合う。さあ、どんな味がするだろうか。

  • 表面に短角牛の脂を塗って熟成させる。熟成期間は1〜3年。
  • 東京からフレンチのシェフが来訪し、商品開発の打ち合わせ。
塩漬けにした後、山桜のチップで冷燻にする。

「作るのは自分しかいない」強い信念からセシーナが誕生

 岩手県岩手町にある「肉のふがね」は精肉や加工品、お惣菜を製造販売している。代表の府金伸治さんが、いわて短角和牛を扱い始めたのは2006年。サシの入った黒毛和種と違って、低脂肪で高タンパクな赤身の肉は、旨味成分が多く含まれている。噛むほどに味わい深いのが魅力だが、はじめは「かたい肉」と言われ、あまり評判が良くなかったという。そこで府金さんは、「肉の特長をシェフたちに伝えられていないだけ。その価値を伝える、加工品を作ろう」と、肉の価値を伝える商品の開発を始めた。
 2010年、スペインに牛の生ハム「セシーナ」があるのを知った府金さんは4年後、視察の旅に出た。そこで見たのは、いわて短角和牛と同じように「夏山冬里」で育つ牛だった。大西洋の藻塩で仕込んだセシーナを試食すると、牛肉の味に加え、チーズのような熟成香がした。そして、最後に草の香りがしたという。
 「南部牛が歩いた塩の道。そして、のだ塩。全てが繋がった気がしました。のだ塩で仕込んだセシーナなら、やませが吹きおろす北上山地の草の香りがするかもしれない」と、インスピレーションが湧いてきた府金さん。セシーナを加工するために工場を新設しその翌年の2019年4月29日、いわて短角和牛の旬の季節に生ハム「セシーナ」の完成が発表された。
 セシーナは添加物を一切使用していない。そこには、本物の赤身肉の美味しさを伝えたいという府金さんの思いが貫かれている。着想から販売まで丸9年。思いも熟成されたセシーナをぜひ、味わってほしい。

  • 「Nose To Tail Eating」いわて短角和牛は一頭買い。鼻から尻尾まで捨てるところがない。
  • 「いわて短角和牛コンビーフ」は、のだ塩と黒糖に5 日間漬け込み、野菜スープで3時間煮込んで仕上げる。無添加。