朝夕に肌寒さを感じるようになってきた、2022年10月2日(日)。平日より早く起き、気持ちよく晴れた朝の光を浴びながら集合場所へと向かう。途中で立ち寄ったコンビニでは、バイク乗りの皆さんが談笑していた。盛岡駅から「IGRいわて銀河鉄道」に乗り込み、稲刈りが進む金色の田んぼを眺めながら北へと向かう。

いわて県北エリアに到着。奥中山高原駅

奥中山高原駅(一戸町)で下車してバスに乗り込み、最初の目的地・高森高原へ。紅葉し始めた木々の間の坂道を上っていく。この高原では、10分に1回流れ星が見えるのだと教えられる。坂の途中で、林の近くに張られたテント横に人の姿を見かけた。昨夜はここに泊まって、星空を満喫したのだろうか。大きな風車の脇を通り過ぎ、観光天文台の隣にある発電所施設でバスを降りる。建物の外階段を上り、高原を見下ろして深呼吸すると、秋草の匂いがした。きょうもいい旅になりそうだ。前回の旅にも参加していた顔見知りの方々と「きょうもよろしく」と挨拶を交わす。

高原の朝の空気を存分に味わった後、来た道を戻りながら次の目的地へ。高森高原には牛が放牧されていて、それぞれ違う場所に茶色の牛、白と黒の牛、黒い牛がいた。短角牛、乳牛、黒毛和牛なのかなぁ。牛たちはバスが通ると鳴きながら動き出し、カメラを向けると目が合うようだった。見ているのか、見られているのか。

休憩のため立ち寄った「サラダボウルこづや」には、大きくて立派なしいたけ、りんご、あけびや、ミズの実、栗の実が並んでいた。産直で感じる実りの秋。ここから、九戸村の「ふるさと創造館」を目指す。窓の外にススキ、また秋を見つけた。

ふるさと創造館は、九戸村にあった豪農の民家を移築した施設で、囲炉裏や広い土間が残されている。立派な柱や梁に感心したり、広縁から庭を眺めたり、置いてあった竹馬にチャレンジしたり。思い思いに待っていると、いい匂いがしてきた。かつては冠婚葬祭に使われたという大広間で、郷土料理の「ひっつみ」をいただく。温かい汁物で、お腹がやんわりと満たされる。

次に訪れたのは、下田澤山ぶどう園。生産者の下田澤榮吉さんから話を聞く。 下田澤さんは、山から採取してきた「山ぶどう」を育て、その中から品質のよいものを選抜してきた。残して育てていく木を見極めるには、10年近くの歳月を要する。それを数回繰り返すのに数十年という年月がかかり、品質のよい木だけを集めたこの圃場が、ようやくできあがっている。手入れが大変そうに見える斜面で山ぶどうを育てているのは、日の光がよく当たるように、風が通るようにするため。雄株・雌株の開花のタイミングが合い、受粉することで実を付けるが、その日の気温や日当たり、風によって山ぶどうの出来が左右されるという。圃場を整備し、手を尽くして管理しても、その出来栄えは自然条件にも左右されるようだ。

雄株・雌株では、葉の色が違う。
斜面の下のほうに木の根本があり、坂を上るように蔓が伸びている
山ぶどうの実の大きいこと、その密度に驚く。これが選ばれた山ぶどうだ

山ぶどう園見学のさいごに、下田澤さんが作る山ぶどう果汁「森の貴婦人」をいただく。山ぶどうのイメージを覆す甘さに、参加者から驚きの声が上がる。一口味わった後は、果汁にスパークリングを注いでキール・ロワイヤルのように。真昼の山ぶどう園でいただくそれは、格別だった。

下田澤さんたちに別れを告げて、九戸村から軽米町へ。「塩の道」と「九戸街道」が通っていた地域、円子(まるこ)に向かう。案内人は山友会のイワブチさん。バイパスができる前はよく使われていたという舗装道路から、民家の間を通って山際の細道へ。枯れ葉を踏む音、木を渡る風の音が聞こえてくる。歩きながら、イワブチさんに街道の説明をしてもらった。

久慈市の侍浜や洋野町種市の角浜から、この円子を通って秋田県の鹿角まで、「赤べこ」の背に荷をのせて山の尾根を伝うように進み、4日かけて荷を運んだという「塩の道」。その一日目の宿場が「円子村」だったそうだ。円子村にはもう一つ、八戸から軽米を経て葛巻へと通じる「九戸街道」も通っていた。南北に伸びるこの道も、浜の産品と農産品を交換売買するために使われた。「角突き」で決められた序列どおりに牛を並ばせると、牛方は先頭の牛だけを御すだけでよかった。後の牛は、序列に従い付いて歩いたのだという。牛方は、牛に合わせてゆっくりと歩き、牛追い唄をうたっただろうか。そんな想像をしながら街道を歩いた。

いまも使う人がいるのだろう、車のわだちが残る九戸街道

道は、使う人がいなくなれば消えてしまう。イワブチさんたちは、地域の人といっしょに街道の刈払いをするなどして、道を守っているそうだ。それでも、里にある道は開発によって消えてしまう。人が交流するために道は繋がり、更新されていく。その中には賑わう道と、廃れる道が出てくる。時の流れを感じる話だ。

街道から出てきた道路で待っていたバスに乗り込み、二戸市金田一で果物を栽培している「権七園」へ向かう。まだ15時頃だというのに、夕方のような気配。日暮れが早くなってきたなぁと感じる。金田一に着いてバスを降り、坂道を歩いて登っていくと、たわわに実ったリンゴの木が見えてきた。

権七園では、9代目園主の中里敬さんが笑顔で出迎えてくれた。今回、収穫体験をするリンゴは「紅いわて(岩手7号)」という品種。早生として出荷され、10月になると市場にはほとんど出回らないが、生産者内では10月に収穫したほうが美味しい、と言われているそう。「10月の紅いわては、産地に来た人だけが手に入れられるリンゴ」と聞き、その特別感にうれしくなる。いちばん美味しい時期に出荷されるとは限らないんだな。初めて聞く「農作物の流通」の話に、産地に出かけたり、生産者さんの話を聞いたりする価値を再発見。

大きく重く実った、権七園のリンゴ

「美味しいリンゴの選び方は?」との質問に、「美味しくするため、果樹園は実に日に当たるよう斜面になっている。ということは…というヒントをもとに、選んでみてください」と中里さん。ちょっとした謎解きみたい。「赤黒く着色したものほど甘い」とも教えてくれたので、園内を歩いて品定め。とっておきの2個を収穫し、お土産にした。

リンゴを入れた袋を手に坂道を下り、夕食会場の「おぼない旅館」へ。外観から鄙びた雰囲気なのかと思いきや、聞こえてくるのはジャズ? 美しくセッティングされたテーブルに、期待が高まる。ソムリエ・松田宰さんが案内する、二戸の三大ミートとワインの時間だ。

最初は冷えたワインから。喉を潤したら、グラスに権七園のリンゴの角切りを追加して。リンゴを入れると、香りが変わる。アミューズ「熟レ鶏とマッシュルームのキッシュ」には、軽米町産さるなしの果実を100%使った「さるなしワイン」といっしょに。こちらも心地いい酸を感じるワインだ。

前菜「短角和牛モモ肉のあぶり」には、山ぶどうのワイン「月舘(つきのやかた)」の鉄分同士を組み合わせて。「馬渕川鮎と紅いわてのエスカベッシュ」には、さるなしワインを。松田さんの話を聞きながら、組み合わせを試していくのは、ちょっとした実験のようだ。

「熟レ鶏と白かぶのポタージュ」に、浄法寺ワイン「寂」を合わせて。素材の味を確かめながら、温かいスープをゆっくりといただく。旅の疲れが癒されるようだ。きょうのワインは、アルコール度数が7-11%程度と、ワインの中では低い部類のもの。その分だけ、ワイン本来の旨さがしっかり味わえるのだそう。

「三元豚佐助のロースト」には、見学した下田澤さんの山ぶどうを使ったワイン「陽(ひかり)のしずく」の 2019年を。豚肉はベリーなどの甘いソースと相性がいいが、あえて甘くせずグレイビーソースで仕上げ、甘いワインをソースのように合わせていく。シェフが仕上げのソースについて相談してくれたので、ソムリエがそのように頼んだのだという。そんな特別な食事を、カジュアルなトレッキングスタイルでいただけるところが、このrakra ツアーの面白さだと思う。

素晴らしい料理を作ってくれた支配人・大建宗徳さんと、明るくもてなしてくれたキュートな女将・ももこさんに感謝

デザートの「チーズケーキと紅玉のキャラメリゼ」には、下田澤さんのワイン「陽(ひかり)のしずく」の中から、1本だけ手に入ったという2015年を。この年は、糖度も凝縮度も高く特別なのだそう。ワインを飲むと、きょうお会いした下田澤さんと山ぶどう園が目に浮かぶ。人が手をかけてつくった果実に、さらに手をかけてワインができる。知ることで食事が豊かになる、というのはこういうことだろうか。

松田さんは、次のように話した。「山ぶどうは、縄文時代からこの土地にある。それだけの力のあるものを体に入れると、エネルギーになりますよね。山ぶどうは、北東北の宝だと思います」

食事を終えて旅館を出ると、外はもう真っ暗。今回も、一日めいっぱい遊んだなぁ。たくさんの思い出とお土産を抱えて、二戸駅を後にした。

*rakra誌面体験ツアーは、個人旅行では叶わない特別な体験を、ギュッと濃縮して味わえる着地型ツアー。行く先々で、地域の皆さんが準備を整え歓迎してくれるので、参加者は楽しむことだけに集中できる。次回はぜひ、いっしょに楽しみましょう。

Special Thanks
岩手県 県北広域振興局

ふるさと創造館 

下田澤山ぶどう園 下田澤榮吉さん

権七園 中里敬さん

おぼない旅館 大建宗徳さん・ももこさん

ワインショップ・アッカトーネ539 松田宰さん

銀河鉄道観光