8月6日土曜日、いつもより早起きして友人たちと待ち合わせ。車に乗り合わせて遠野に向かう。1週間前から雨の心配をしていたが、今日になってみれば、遠野の降水確率は0パーセント、最高気温は30度を下回る予報。絶好の旅日和だ。

盛岡から東北自動車道を南下、花巻JCTで釜石自動車道に入り遠野へ。期待に胸を膨らませながら、山を分け入っていく外の景色を眺める。遠野駅では、ツアーの案内人であるソムリエの松田宰さんと、遠野市観光協会・阿部和美さんが出迎えてくれた。集合したツアー客といっしょにバスに乗り込み、出発。遠野の撮影スポット「荒神神社」の前をバスで通過し、最初の訪問地・ホップ畑へ。

支柱に沿って頭上高くまでツルが延び、CMでよく見るあの「ホップの実」が目の前に。ホップに覆われ緑一色の畑の中に、ビールと軽食が並んだテーブルと椅子が用意されていた。乾杯の音頭は、ビアツーリズム恒例の「レッツホッピング!」。ランチボックスを開くなり「うわぁ、美味しそう」の声が飛び交った。

ホップ畑の案内役・BEER EXPERIENCE株式会社のMJ(エムジェイ)さんから、この畑のホップは「MURAKAMI SEVEN(ムラカミ セブン)」という、希少品種だと説明がある。ホップの実の付き具合はまだ5〜6割で、充分に実ると頭上に覆いかぶさるような状態になるらしい。

遠野産の、まだ名前も付いていないという新品種ホップを使って醸造されたクラフトビール、その名も「いつかホップ畑で会いましょう」で乾杯。
青々しい香りのホップをビールに浮かべて。遠野パドロンの肉みそ炒めなど、色どり豊かな「On-café(オンカフェ)」の軽食にも大満足。

次の訪問地で「SL銀河」の通過を見送る予定なので、出発は時間厳守。ホップ畑の柔らかい土の上を散策したり、記念撮影をしたり。あっという間に、そろそろ出発。

トンボが飛び交う木立の中を抜け、道の駅・遠野風の丘に到着したら、まずは展望デッキへ急ぐ。近くの線路を走るSL銀河を待つ人で、デッキは端から端までいっぱいだ。遠くで汽笛が鳴り、踏切の音がし始めて灰色の煙が見えてくると、一斉に歓声があがる。「ふぉー」汽笛を鳴らしながら通過するSLに向かって一斉に手を振ると、列車の窓越しに、手を振って応えてくれる乗客の皆さんの姿が見える。SLが通過するだけなのに、これだけ楽しい交流ができるとは思いもしなかった。

宮城県から遊びに来たという女の子は「うわー すごい! めっちゃきれい! バイバーイ」と大喜び。

SLが過ぎると、あっという間に人が散っていく。こんどは道の駅でお買い物タイムだ。手づくりの餅、銘菓「明がらす」に名物の醪饅頭、地元野菜など気になるものがたくさん。遠野地ビールや話題の遠野ホップソーダ、ジェラートなどを、思い思いに味わった。

道の駅を出て、次は「遠野物語」の第91話に出てくる「続石」へ。バスを下り、山の小道を15分ほど登ると、続石と祠が現れる。12月12日の年取りの日、山の神がその山の木を数えた証拠として「ギュッと捻った木」がこの近くに残っていると教えられ、あたりを見回す。「あの木…かも?」遠野の人たちは、こうやって年長者から教えられ、目に見えぬものの存在を身近に感じて暮らすのだろう。

2つ並んだ石の片方だけに、幅7メートルほどの巨石が乗った「続石」

続石の下の開けた場所に、遠野物語の語り部・堀切初さんが登場。用意されたゴザに、語り部を囲むように座り、林の中で昔話が始まった。

「ここは、昔話の舞台になったところだ。現地で語るっていうのは贅沢だね。遠野物語の91話、山の神と鳥御前という人が……」

清水が落ちる音、蝉の声が聞こえる林の中。独特の抑揚をつけて語られる昔話を聞く。

「柳田国男さんがな、遠野に来てびっくりしたのが2つある。1つは、遠野の伊能嘉矩(いのう・かのり)の博識ぶり。そしてもう一つが、遠野のしし踊りなんだ。ほんとに、たまげだ。遠野物語の序文に書いているんだ」 「しし踊りのはじまりの話。むかーし、あったずもな。あるとき、遠野の殿様が…」

いまここにある続石と祠のいわれや、いまも受け継がれている「しし踊り」のことが、明治時代に発表された『遠野物語』に記されている。昔から伝わる物語の舞台で、本など無い時代と同じように、語り部の話を聞く。ほんとうに特別な体験だった。

昔話で遠野の郷の凄みを感じた後は、バスに乗り込み「遠野ふるさと村」へ。マヨイガの森を抜けて坂道を登る。先ほどの「続石」といい、ほどよく体を動かすツアー行程らしい。遠野ふるさと村には、馬と人が共に暮らした「南部曲り家」が数棟あり、中に入って見るだけでなく、のんびりと時間を過ごすことができる。ちょっと疲れてきたツアー客の中には、曲り家の座敷や縁側に寝ころび、昼寝を決め込む人も。夏の昼間に戸を開け放した家屋の心地良さを感じる一方で、「この壁と雨戸しかなくて、冬の夜はどうやって過ごしたんだ?」と昔の人たちの厳しい暮らしを想像した。

約束の時間になり、この集落でいちばん大きな曲り家へ移動。100年以上前、柳田国男も見たという「張山しし踊り」を鑑賞する。南部曲り家の庭で、自分に向かって披露されるしし踊りは、祭祀やイベントで見るのとはまったく違う。この曲り家の主・肝煎り(庄屋さん)になったような、贅沢な気分まで味わった。

語り部の堀切さんが言っていた。「今日、しし踊り見たらばな、ちょっと周り見たほうがいい。柳田国男さんがな、来てるかもしんね。いやそんな馬鹿なって言うかもしんねどもな、遠野というところは、そういうところだ」

しし踊りが終わると、お守りになるという「鹿頭(ししがしら)」から落ちた「かんながら(鉋殻)」を拾って、張山しし踊りの皆さんと記念撮影。そして「ジンギスカンとワイン」の会場へ。 ここからは、ソムリエの松田宰さんが案内人だ。夕方になって少しずつ日が陰り、涼しい風も吹いてきた。遠野名物バケツジンギスカンを囲み、松田さんが選んだワインをスパークリング、白、赤と順に楽しむ。

遠野市とイタリア・サレルノ市とが姉妹都市であることから、ここでは「サルーテ!」の声で乾杯。

「香りを楽しむため、ケチと言われようとも少なめに注ぎます。スワリング(ワイングラスを回して、ワインの香りをグラスに満たすこと)して香りと共にマリアージュを楽しんで」と笑いを誘う松田さん。こんな開放的なワインは初めてだ。

ラム肉を用意してくれたのは、笹村精肉店さん。「ジンギスカン鍋にお肉を乗せたら、何度も裏返さず肉汁を閉じ込めて」と教えられ、さっそく焼いてみる。ジンギスカンとは別に、特別な下ごしらえをして焼き上げた「ラムステーキ」はガーリックとともに。肉厚で柔らかく、また違う味わいだった。

まわりの野菜に肉汁が落ち、ぜんぶ美味しくいただける。

「ワインが無くなったら、注ぎに行きますからねー」と、松田さんから声がかかる。わんこそばならぬ「わんこワイン」状態。旅を振り返りながら、話は弾み、ワインも進む。ゆったりと食事を楽しみ、そろそろ今日の旅もおしまいに近づいてきた。

「人は五感で味わうと言いますが、本当に素晴らしい味わいは、六感に響くそうです。それは記憶に響く味わい。今日の食事は、皆さんの記憶に残るものでしたか?」松田さんの話に、拍手が起こる。間違いなく、記憶に残る味わいであった。

*rakra誌面体験ツアーは、個人旅行では叶わない特別な体験を、ギュッと濃縮して味わえる着地型ツアー。行く先々で、地域の皆さんが準備を整え歓迎してくれるので、参加者は楽しむことだけに集中できる。次回はぜひ、いっしょに楽しみましょう。

Special Thanks

株式会社富川屋

BEER EXPERIENCE株式会社 MJさん

On-café 菊池礼子さん

遠野昔話語り部の会 堀切初さん

笹村精肉店

遠野ふるさと村

張山しし踊り

ワインショップ・アッカトーネ539 代表 松田宰さん

一般社団法人遠野市観光協会