美術家・石田貴裕さんは、岩手県北上市に生まれ、田んぼに囲まれた実家の敷地内で創作活動を行っている。現在はパートナーでテンペラ画家の安ケ平愛美さんもひとつ屋根の下で暮らし作品を制作。各々の表現の源を探りに訪ねると、そこには石田さんが築いたふたつのアトリエがあった。― 各々のアトリエがあるんですね?
安ケ平 私のアトリエは石田くんが冬場使っていた場所を譲り受けたものです。
石田 石田家は兼業農家だったので、納屋だった場所を私のアトリエに改装しています。表面である絵に何を表現するということよりも、絵を成立させている背景や骨格を大切にしているので、アトリエはある意味作品の一部。状況に応じて少しずつ手を加えているので完成形はなくて、育っていく空間です。
― おふたりが美術に携わるきっかけは?
石田 中学の授業で使っていた画材が家にあって、19 歳で油絵を描き始めました。作品が溜まっていくと「発表できるのだろうか?」と思うようになったのですが独学なのでやり方がわからない。幸運にも盛岡のジャズ喫茶「DANTE」を開いた方が近所にお住まいで、絵を見せにいったら盛岡のコーヒー屋「クラムボン」のマスターを紹介してくれたんです。それで初めてお店のことも、予約できれば無料で壁を使わせてもらえることも知りました。初めての作品展示ができて、そのあたりからですね「本気でやったほうが面白いかも」という気持ちになっていったのは。
 ところが続けて行くと「なぜ油絵で風景を描いているのか?」と問われても返答できない自分がいた。表現活動をするにしても、いよいよ自分の本当にやりたいものに着手すべきなんじゃないかと。そこで始めたのがシルクスクリーン。アンディ・ウォーホルなどポップアートの流行を見るのが好きだったんです。部分を少しずつ描いて構築していく油絵と違って、写真を紫外線で焼きつけたメッシュ地の版にインクを流し込んで作品を作っていくので、8割くらいイメージを作ったうえで自分の表現ができる。そこに魅力を感じています。
安ケ平 私は友人に誘われて中学校の美術部に入って。デッサンを体系的に教わると結構描けるようになるのが楽しくてハマっていきました。大学では絵画の古典技法を学んで、出会ったのがボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』でも知られるテンペラ画。木の板に石膏を塗る下地と、顔料と卵の黄身とお酢を練る絵の具を自分で作るところから制作が始まります。面倒に感じる人もいると思うのですが、私はじっくり、感覚をフルに生かして表現することが好きなんですね。材料を湿度や天気の状態を見ながら少しずつ調整することに面白さを感じます。

  • 石田さんが好きな戦闘機をモチーフに、印刷技術のプロセスの重要性を意識して制作した作品。カラー印刷で用いられる4 色の版を使って色を表現した。
  • 油絵を始めて間もない頃に描いていた作品集。身の周りの風景をモチーフにそのとき目に入った色をカンヴァスに落とし込んでいたという。

 身の回りのものを描くことが多くて、最近のお気に入りは植物。生きるために身につけてきた習性とか形とか、洗練された美しい工夫に触れたときに心が動くんです。花巻市の「津島神社」に薬になる植物を16種類描いた天井画を奉納したのですが、薬草を取り入れる生活も先人の知恵ですよね。
石田 私も同じですね。長年かけて蓄積したからこその知恵ってありますよね。今は100年も満たないうちに築かれてきた生活水準、技術に甘んじていますけど、それ以前に人間が生活してきた年月のほうが圧倒的に長いし、それまで培ってきたもののほうが、実は安定していて人にとって重要なことがあると感じています。
― 生活環境が作品へ影響することはありますか?
石田 自分に合っているなと思うのは、美術の世界の考えだけではなく、ごく普通の営みからも影響を受けて制作してきたので、たとえばこの地域に住んで農業をしている人が農作物を作る過程と自分が美術で表現する過程はすごく似ていると感じています。分業が発達した都会とは違って、小さなことでも大きなことでも、自分たちの力である程度解決しなきゃならないというのが地方での生活ではあって、その時間の中で表現活動をするということはやっぱり生活と表現は結びついているんだなと思いますね。
安ケ平 自分の表現においては、色に表れていると思います。北東北の緑の青みが強いのは、命の危険があるぐらい厳しい格別な冬を越しているからだと思うんです。それを工夫で乗り越えて迎える美しい春もある。約2年半前に北上で暮らし始めてからは、平地なので山が近い盛岡や二戸と違って、太陽が昇るときから沈むときまで遮るものがないことにびっくりしました。太陽の光の加減で植物の色って変わるし、視覚で見る色と写真に映る色も違うから、身近にある素材を無駄にしないように、物の状態に神経を集中してスケッチでインプットしています。
― 今後の展望を教えてください。
石田 今の状態を続けていきたいかな。いちから自分たちで作り上げていく作業が多い地方の暮らしの積み重ねが、このアトリエに繋がっていると思っています。環境のせいでできなかったという言い訳はしたくないので、意地でもやりたいことを続けていくんだろうなと。
安ケ平 石田くんの道具を借りながらできることが増えたのでいろんな形の作品を作ってみたいなと思います。ただ、同じものを食べて同じ空間で暮らしていても、見ているものや自分というものを通してできあがってくるもの、表現方法は全く違う。ふたつの個性を、この土地で育てていければなと思っています。

  • テンペラ画の技法で初めて描いた作品「ストレイシープ(迷える子羊)」。20 歳の頃描いたもので「当時は将来のことなど悩みながら制作していたのでしょうね」と安ケ平さん。
  • 顔料の色見本。工業規格がないため、同じ名前の色でも会社や容量によって微妙に色の違いがあるそう。