藍は生きている

ヨシダ 『青い記憶』を作るきっか見せてもらったら、?若いとき(染め液が完成したばかりのとき)?は濃い青色、?おばあちゃん?になると透明感のある水色に変化する。その日のコンディションによっても色が変わる。そのことに驚かされました。?藍は生きている?。その藍と家族のように接する龍大さんの、藍への?愛?を間近に感じて、虜になっていきました。「藍の魅力って何?」ってよくある質問じゃないですか。魅力どころか、魔力みたいなものがあるよね。
佐々木 うん。魔力ですね。取り憑かれています(笑)
ヨシダ というのを聞いたときに「この人、本物だ」って思ったんですよ。撮影を始めるときも、何を撮ってもいいって。それを見ても絶対真似できないから、やれるものならやってみろって言うんですよ。かっけぇ〜って思って、心を奪われましたね。
佐々木 日本の藍染について、伝わっていない真実がたくさんあって。実は100年以上前から化学的な藍染が主流になっているんです。でも僕がやりたいのは、そのもっと前の時代に行われていた藍染。本当に発酵の力だけで生まれる青色の強さや美しさは、化学的な藍染でできるものとはまったく違うんですよ。昔の日本人が見ていた、私たちに本来馴染みがある色を、みなさんにも見て、触れていただきたい。そういうことをずっと考えています。かつ、自分は現代に生きている人間なので、自分のフィルターを通して、"本当の藍"とコラボレーションした作品を作りたい。

真っ黒な染め液に布をつけ、目を閉じ、指の感覚を頼りに染め上げていく佐々木さん。

目に見えない"フィジカルの知性"

ヨシダ 龍大さんの藍染は、伝統的な方法ではあるんだけど、撮影中でも動きに少しずつ変化があって、進化しているんですよね。聞くと、"何かが降りて来て、その通りにやったら良い結果が得られた"みたいなことがいっぱいあった。それを僕は"フィジカルの知性"だと思っています。考えてできることじゃなくて、日本人の体に刻まれている何かなんじゃないかって。
佐々木 ご先祖様みたいなものと一体になる瞬間があるのかもしれないです。最初に勤めた藍染工房のお師匠さんも「すべては臨機応変」と言っていました。とにかく基礎を一生懸命やっていく。そうすると自然と発見があって、発見したなっていう認識より先に、体が動く。
森川 日本のものづくりは、時間軸がすごく長いと感じます。何世代も前から受け継いできたものを、さらに次の世代に繋げるという考えが強い。ヨーロッパでは、ご先祖様のような目に見えないもののことを伝えるのが難しいと感じます。
佐々木 僕は体で考えちゃうんです。頭で考えない。頭で想像したものが100%できるってことになっちゃうと、AIがやればいいってことになっちゃいますよね。僕がやっていることって、"できあがりを想像する"って言うんですけど、一瞬の光みたいなものなんですよ。ピカッて見えたもの。そこに辿り着くにはいつ何をどうすればいいかって計画して、およそ2ヶ月くらい作業していくんですけど、最終的には、藍という人間が管理しきれないものに"託す"しかないんですよね。

佐々木さんは、藍を建てる際、ペースト状になるまで約2日間、スクモと木灰を練り合わせる。やがて発酵するが、その後も毎日木灰を足して微生物の生活環境を整えていく。

日本は自然が近くにある

森川 そういう考えができるのって、日本は自然が近くにあるからだと思うんですよ。地震、津波、台風……自分の力以上のものの存在。それを知るか知らないかってすごく大事だなと。
ヨシダ ヨーロッパで啓蒙思想が生まれて、個人がコントロールできるものがかっこいいという時代になって、一定の成果が得られてきた。だから合理的じゃないものや儲からないものは捨てて来たんだけど、あれ、なんかおかしいな、行き詰まってきたなっていうことに、ヨーロッパで暮らす人の多くが気づき始めているんじゃないかなって。この映画に関心を寄せてくれている様子を見て、そう感じます。映画の中で龍大さんが、「東日本大震災による津波で故郷の家が流されて、たくさんの人が亡くなったけれど、海を憎いと思ったことがない」というようなコメントをするシーンがあるのですが、ヨーロッパの方から、これは彼の特別な考え方なのか?という質問を受けたんです。でも、いやたぶん、僕も含めた多くの日本人が共有できる考え方だよって答えた。そうしたら、教典もないのにどうしてそんな考え方ができるんだって。それに対して「わからないけれど、日本は自然災害で亡くなった人が多いし、自然はコントロールできるものじゃないということを根底にもっている人が多いと思いますよ」と言うと驚いていましたね。
森川 そこはとても違う考え方ですよね。ヨーロッパでは自然は楽しむもの。日本人にとっては敬うものであり、怖いものであり、神的な存在。
佐々木 日本は神様がすごく身近ですよね。
ヨシダ 神様がどこにでもいて、針供養までする。
森川 ヨーロッパでも、そういう考えが大事なんじゃないかということに気づき始めている人も増えてきている。特に若い子たちが、悶々とした疑問に対して、自分で考え出している気がします。
佐々木 自分で考えるっていうことが素晴らしいことですよね。自分で考えているようだけど、そう思わされていることってたくさんあったりするので。人を論破するんじゃなくて、自分と対話する。対話するってことは、自分が変わっていくことでもあるので。 ヨシダ 龍大さんは、「個性なんていらないんだよ」って言ってたよね。体つきとかが個性だから。個性が大事ということを刷り込まれて、我々は成長してきたけど、何か降りてくるもの、メッセージを感じる柔軟な体があって、それにちゃんと反応できることを鍛えていけばいいって。
佐々木 そう。毛細血管と、神経を鍛える。
ヨシダ 個性に悩んでいる人たちにこの言葉を届けたいと本当に思う。
 将棋のプロも、頭の中で何万通りも計算して指しているんじゃなくて、ふと指した一手が理にかなっていたりするって。そういうところがプロなんだよね。無我の状態で、体の知性が勝手に動く。考える前に体が動いちゃう世界なんだと思う。だから見ていて気持ちがいい。
森川 わかります。ミシンで縫うときも、布のどこをおさえるか。地の目をおさえないとダメなんですよ。でもどこに指を置くのか、いまは言葉で指導しないと伝わらなくなってきている。頭で意識するとダメで、生地が教えてくれることなんですよね。 佐々木 同じ布を扱っている仕事だから共通するところがありますね。藍染も、基礎は布を洗う行為から始まるんですけど、布の表の端っこが今ここにきたとか、指先で布の動きがわかるんですよ。染めているときも一緒。真っ黒な染め液に手を入れているので、感覚で染めていく。だから僕、ほぼ目を閉じて染めるんです。そのときって、すごく頭の中が静かで気持ちがいいんですよね。
ヨシダ 手がいろんな情報を感じ取ってるんだね。
佐々木 染め液の表面に波を立てると藍が傷むので、表面は皮膚で、中は体液だと思って手を動かします。頭の中に布の様子が見えるんですけど、それがきれいなんです。
森川 動きの一つひとつに意味があるんですね。

佐々木さんの作品。手紡ぎ手織りの古布を染め、「盛岡和裁研究所」で着物に仕立ててもらっている。
染め液から引き上げた布が空気に触れると藍は青く発色する。その後水洗いと天日干しを何度も繰り返すことで美しい藍色が定着する。

コントロールしない。
藍に合わせる

佐々木 自分は言葉を超えたコミュニケーションを藍としているので、ヨーロッパの方々に作品を見てもらいたいですね。どう感じるのか。
ヨシダ 温度を測るわけでもpH値を測るわけでもなく、いろんな情報をかぎ取って仕事をしているんだもんね。
佐々木"だいたい"ですね。今日の自分の力加減と、明日の自分の力加減って違うので。で、相手(藍)のことを怖がっているんじゃなくて、信じているので、こっちがいい心持ちだったら相手が応えてくれる。赤ちゃんとかペットに接するのと一緒で、愛情を持って接すると応えてくれるみたいな。そういった信頼はあって。自然災害も同じで、なんでこんなことが起きたんだろうって人ごとにするよりは、もしかして自分も何%か関わりがあるのかもなって。そういうコンディションでいるのが、自然だなと思っています。
ヨシダ コントロールしようって発想じゃないもんね、藍染って。
佐々木 そうですね。自分に合わせるんじゃなくて、藍に合わせる。
森川 洋裁には、アイロンをかけて"生地を殺す"という表現があって、洋服の性質を変えちゃう技法のことなんです。こちらがコントロールする。生地の地の目を生かす和裁とは考え方が全然違うなと思います。
ヨシダ コントロールするってことは、再現性を大事にしている。同じものを大量に作るということに注力して、大成功もしてきた。日本はその考え方も技術も輸入して、後追いしてきたわけだけれど、それに対して龍大さんの仕事には、コントロールするっていう発想がそもそもない。そんな仕事って俺あんまり見たことなくて。コントロールしたくなるじゃないですか、人間って。だからもうちょっと管理しやすい、簡易的な藍染に多くの業者はシフトしていったんだもんね。
佐々木 でもそうやって職人が堕落しちゃった。本当は何回も染めなきゃいけないし、何回も洗わなきゃいけないんです、色落ちがしないように。1回の染めも、すごく時間をかけてやらなきゃいけない。僕は1回染めるのに25分くらいかかるんですよ。それを天日に干して、紫外線で焼く。この作業をこの間は50回やりました。でも現代では数秒染め液につけただけで真っ紺々になって、しかもそれを洗わないで出荷する、という商品が出回っている。そうすると触っただけで色落ちしてしまう。本当の藍染はそんなことは絶対ないんです。ただ自分は、そういうことを伝えたいというよりは、本当の藍染製品の色を見て、使ってもらって、きれいだなって心の底から感じてもらいたいなって思って、仕事をしています。
ヨシダ 龍大さんの染め液の成分の90%以上は雑物なんだよね? 
佐々木 雑物のおかげで発酵、不思議なことが起きて、薬効成分が生まれたりする。そのときに、人間は自然の循環のひとつに過ぎないという気持ちで取り組まないと、藍が応えてくれない。染め液の状態が毎回違って、毎回違う悩みに直面します。
ヨシダ 同じ状況って二度とやってこないわけですね。藍とセッションしてる感じだよね。
佐々木 同じ材料で同じ時期に2個仕込んだとしても、絶対性格が変わる。
ヨシダ 絶対マニュアル化できない世界なんですよね。そしてお金にならない。
森川 でも、お金を稼げなくてもやってみたいという人は増えてきている感じもします。
ヨシダ ヨーロッパでは潮目が変わってきている感じはなんとなくするよね。意識が変わり出しているというか。日本にはこれから時間差でやってくるのかもしれないけど、大げさに言ったら、人類史の大きな転換点に来てるんじゃないかって思うから、お金ってそんなに大事ですか?っていう時代が来るかもしれない。

「 藍は、染め液を作っている最中は赤ちゃん。染め始めるときには仕事のパートナーになる。完全に"人" と思っていて、すごく信頼関係があります」と佐々木さん。
型染に使用している型紙。和紙と絹糸でできている。

服が、体が、教えてくれる

森川 いま話していた「潮目の変化」って、コロナ禍を経験して、訪れた気がします。
ヨシダ そうね。コロナ禍の経験は大きかったよね。
佐々木 僕もその頃、それまでやっていた化学建ての藍染はやめて昔ながらの藍染だけををすることと、野趣のある藍染の良さを、一番写し込めると思った着物だけを作るって決めたんですよ。収入ゼロでもオッケー、やってやるって感じで。何かに導かれてそうなったのは確かだなって思っています。
森川 本当にやりたいことをやろうと思いましたよね。僕も自分がいまヨーロッパにいるのは何か意味があるんだろうなって考えて、それを受け入れて、日本人として日本の文化を伝えてみようって。それでできることをやり始めたら、ユニクロと刺し子のプロジェクトをすることになったんですよね。
佐々木 純粋な気持ちでやっていると、不思議と人が繋がっていきますよね。僕もずっとそういう感じです。映画と同時期に、僕の作った着物を扱いたいって人が現れて、いまではその人たちが活動をサポートしてくれている。佐々木さんの作りたいものを作ってくださいって。それで作って、失敗を重ねるんですが、やっぱり体が教えてくれる。
森川 わかります。僕もファッションを学んでいないので、ヨーロッパに来て数年はできないことがたくさんありましたし、取り残されたなって感じもありましたけど、何回も失敗して何回も作ることで、服が教えてくれたと思っています。
佐々木 本当にそう。やったらわかる、失敗したらわかる。
ヨシダ よく、答えを教えてくださいって言われるでしょう? 絶対的な答えなんてないのに。昔の職人さんは見て覚えろっていう世界にいて、それが前時代的だって否定されることも多いけど、いいこともいっぱいあったと思うんですよ。服が教えてくれるっていうのもそうだし、体が教えてくれるっていうのもそうだし。その所作の中でご先祖様と繋がっているっていう感覚になる。
佐々木 自分は失敗しないとダメなんですよ。岩手の沿岸の生まれなんですけど、漁師のおじさんに船で沖に連れて行かれて、海にドボンと落とされて、おじさんは船で帰っちゃったってことがありました。そのおじさんがよく言う言葉が「簡単だ、やってみろ」。
森川 それはおもしろいですね。
佐々木 やるか、やらないかなんですよ。結局。子どもに難しいことも、「簡単だ、やってみろ」って、そのおじさんはいつも言っていました。
森川 失敗させないように、怪我をさせないように大人が立ち振る舞っちゃうことが、偏見かもしれないですけど、いまの日本は多いですよね。
ヨシダ 失敗しないことが成功になっちゃったんだよね。だから失敗しない選択肢ばかりを選んじゃう。俺失敗しなかった。俺すげえってなっちゃうけど、それって社会の一部分しか見られていなくて、失敗の先にあるものを掴めないんだよね。でもこの藍みたいな、コントロールできないものと対峙すると、絶対失敗って訪れるでしょう。
佐々木 はい。必ず訪れます。
ヨシダ だから発酵って面白いんだろうなって。ここが到達点っていうのがなくて、終わりがないんだよね。
佐々木 終わりがないと思いますね、というより、終わりたくない。楽しくてしょうがない(笑)
ヨシダ 「もうお前に教えることは何もない」って言うのは、完成じゃなくて、「そこから先は、自分の判断でやってきなさいよ」ってことなんだよね。
佐々木 芸事もそうですよね。20年ぐらい師匠の物まねを完璧にやって、どうしてもできない部分が個性。そこから自分のものができてくるんでしょうけど。自分はいまは人が見たり、着たりしたときに動いているようなものを作りたいと思っていますね。

鼎談が行われたのは2025年7月。ヨシダさんと森川さんは映画祭以来の再会、佐々木さんと森川さんは初対面となった。

日本人の心に残る、藍色の記憶

ヨシダ 映画を観るとわかると思いますけど、これを描いて染めている龍大さんってすごいよね。藍の神様に取り憑かれている。リスペクトを込めて言っているんですよ(笑)藍の神様がいるのだとしたら、俺は、映像を通して伝える役割をいただいたんだなって思っています。ひょっとしたらこの映画を観て、龍大さんのような藍の神様に取り憑かれる人が生まれるかもしれない。
佐々木 岩手県沿岸で生まれ育った僕にとっては、海と空と、流れている風と塩気と、それらが心の中にある風景だし、もっと遡れば、かつては藍染屋が日本の各町にあって、とても身近な存在として日本人の心に藍色の記憶って残っていると思うんです。そういった原風景を映画を通して100年後にも見てもらえる。そう思うと、この映画ができたことは意義があるし、できてよかったなって思っています。

佐々木さん(中央)は岩手県山田町出身。2017 年に「平成の名水百選」の清水「青龍水」がある盛岡市鉈屋町に工房を構えた。その後、同町内で移転。2026 年中にショップとイベントスペースを備えた新工房「原藍染 りゅうた」の改装開店を計画中。ヨシダさん(左)は、1995年に映像作家として活動を開始。『青い記憶』は長編ドキュメンタリー映画初監督作品。森川さん(右)は2012年にイギリスとベルギーに縫製スタジオ「Studio Masachuka」を設立。アパレルブランド「ユニクロ」の修繕サービス「RE.UNIQLO STUDIO」に参画している。
  • 原藍染 りゅうた

  • 岩手県盛岡市鉈屋町3-5
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  • sunnyson7@gmail.com
  • 『青い記憶』

  • 2024 年製作/ 117 分/日本
  • 配給:コギトワークス
  • 劇場公開日:2024 年11 月9 日
  • U-NEXT で配信中