アナザーストーリー 古いものを「今の人」が受け継ぐということ

(rakra vol.97掲載)

鉈屋町に住むフォトグラファー伊藤隆宗さんを取材して。

古いものを「今の人」が受け継ぐということ

盛岡市鉈屋町。
この町に古くからあり、間口が狭く奥行きが長い建築物を「盛岡町家」という。通り土間があるのも特徴だ。

フォトグラファー伊藤隆宗さんのスタジオ兼自宅もまた、築120年以上の町家だ。「八百倉」と染め抜かれた暖簾をくぐると、スタジオとして使用している広間がある。その奥には「常居」。「常居」とは「常に居る部屋」つまり居間をさす。盛岡町家の常居には、神棚がしつらえてあるのが特徴。伊藤家にも神棚はあるが、伊藤家ではここを居間として使っているわけではないようだ。

神棚の下の襖を開けるとパソコンや、カメラの機材が出てきた。古民家の襖から文明の利器が飛び出す、そのギャップはなかなか衝撃的だ。
しかし、この文明の利器があるからこそ、古民家が活きるのかもしれない。古い良いものを今に残すのもまた技術あってこそだ。すでに改装してあったという、この家のサッシはダブルガラス。窓の下、土間にはパネルヒーターが施されていた。

一方、格子の建具は、古くから使われていたもの。ガラスの向こうから、長男の理紀之助くんがひょっこりと顔を出した。さっきまでDVDでアニメを見ていた様子。常居は時には理紀之助くんの遊び場にもなる。子供が走り回るのに十分な広さだ。

偉人から頂いた理紀之助くんの名前

理紀之助。ちょっと変わった名前だ。
この名前は、秋田県の農学者・石川理紀之助の名をそのまま頂戴したという。
父親である隆宗さんは読書家で、スタジオにはさまざまな本が並んでいた。
その中に、田中紀子著『石川理紀之助の生涯』(批評社)があった。
「石川理紀之助の生き方に感銘を受けて、息子の名前を理紀之助にしました。自分の名前の由来を知りたくなった時、この人物を知るきっかけになれば」と話す隆宗さん。
石川理紀之助は、明治から大正にかけて、秋田の貧しい農村を立て直した人物。秋田県で年に1回行われる「種苗交換会」を最初に実践したのも石川理紀之助だ。
隆宗さんは、我が子が石川理紀之助のような人物になってほしいとは言わなかった。
今と昔では時代が違うのはもちろんだが、その偉業を知ればこそ安易に言えない父親の優しさがそこにある。
築120年以上の盛岡町家を住み継ぐ伊藤さん一家。その暮らしの中には、古いものと「今」を柔らかに取り入れていた。